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修行バカの懺悔道

自分の過去の生き様に反省し、死ぬまで懺悔して生きようと心に決めたら、そこに幸せがあった。 なんだか懺悔しきれないのである。

寒行(穀物絶ち)

毎年やってくる『寒』の期間の寒行は
一年間の自らの穢れを禊落とす時だと私はそう学びました。

昔は色々な方に付いて修行をしたので
色々な寒行をしたのですが
一般的に、寒行と言えば
海に入ったり、川に入ったり、滝に打たれたりと
そんなイメージなのでしょうか。

私の場合は、寒でなくても
普段から滝に打たれたりしているので
それでは、特別な修行にならず
穀物を絶つようにしているのです。

野菜と果物の食生活で寒の間を過ごすのですが
これがまた、かなりキツイのです。
豆類が全部ダメなので、味付けは全部塩となり
サラダ油も穀物なので、調理は、ゆでるか焼くくらいしかできない。

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写真のようにネギを焼いて塩かけて食べる・・・
こんな食事が続くのですが
4日もすれば、頭がぼーっとしてくる。

穀物を絶つと言う事は『命』を絶つと言う事になり
己の肉体は、強烈に命を欲するわけです。

もう、今は慣れたのですが
昔は、食いくら食べても満腹感がないので
よく食べ過ぎて、吐いていました。

この修行、命を繋げるとはよく言ったもので
どんな人も、命を喰らう事で生きているのだと
体で理解する事ができます。

この体験をすると食のありがたみや
命の尊さへの価値感がきっと変わると思います。


昔の私は、どうして『苦行』という修行をするのか
理解できませんでしたが、百聞は一見にしかずで
やってみると良くわかります。

人間誰しも、辛く苦しい事は嫌なもので
常に楽をして快楽に浸りながら過ごしていたいと思うものです。
しかし、実際に自らの意思で辛く苦しい体験を望んでみると
意外にも、人生でかけがえの無いものを
手に入れる事ができたりするのです。


この寒行という修行も
1年の穢れを禊落とし、新年(旧暦の)を迎えるのに
ふさわしい修行のように感じています。

寒行を終えると、心身が軽くなっている事を体感できますし
逆に、日々修行を重ねていても、1年で
こんなにも穢れるものなんだと毎年実感します。

私のように業の深い人間は
修行をしていなければ、きっと癌にでもなっていたでしょうね。

穢れは、自らの思考や感情に大きな影響を与えるので
禊をする事で、心が穏やかになります。
禊に頼っているようでは、ダメなのでしょうが
一年間の穢れ度を量るのには、寒行はいい感じです。


寒行も残すところ、あと1日となりました。
さすがに、糞詰まりぎみです。

植物繊維は便秘にいいと言いますが
食物繊維ばかりだと逆に便秘になる事を知りました。
ウサギや鹿の糞と同じ状態になるのです。

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先日、山で鹿の群れを見かけたのですが
とても親近感を覚え、もう自分はそのまま群れに入っても
おかしくないのでは?という気持ちになりました。