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修行バカの懺悔道

自分の過去の生き様に反省し、死ぬまで懺悔して生きようと心に決めたら、そこに幸せがあった。 なんだか懺悔しきれないのである。

怒りや憎しみの感情と向き合ってみる

怒りや憎しみの感情は自らを蝕み・・・
自己崩壊へ陥らせる源だと、私はそう思っていますが
それが解っていても、そんな感情が生まれてしまうのも
人間という生き物なのでしょう。


俗にいう、気の悪い場所
誰が商売しても失敗する場所
心霊現象が良く起きる場所
それらの場所にも怒りや憎しみのエネルギーが
充満していたりするものです。


他人から怒りを向けられて
心地の良い気持ちにはなれないし
憎しみを抱かれても気分は悪い・・・

私が狂っていた頃は
そんな感情を向けられる事が快感だったのですが
それは、私が正常でなかったからだと
今になってそう思います。

怒りや憎しみのエネルギーに
自分自身が支配されていたようにも思います。








私が激しく修行していた頃・・
私自身、感謝する事が出来ない自分が情けなく思い
他人の幸せを心から願えない自分に苛立ち
他人に尽くす事が出来ない自分に深い闇を感じていました。

一生懸命自分自身を見つめました・・
一生懸命偽善を繰り返しました・・

でも、どこからか湧き上がる
怒りの感情を無くす事などできないのです。

それでも、諦めずに
何事にも感謝できる人になろうと努力し
他人の幸せを願える人になろうと努力しました。

幸い、ボランティア活動を繰り返しているうちに
少しずつ、他人の幸せを願えるようになりました。

しかし、それでも怒りの感情が沸き上がっる事もあります。

そんな自分自身の状態を振り返ると
怒りを向けている相手の幸せを微塵も願っていない
自分自身にハッとするのです。
まだまだ、自分には足らないモノだらけなんだと
そう思うに至るのです。

そして、この怒りの感情があるからこそ
私は自分の至らなさに気づけるわけで
この怒りの感情があるからこそ
自分自身の驕りや慢心に溺れる事なく過ごせるのだと
そう思うようになりました。

そして、怒りの感情が消えうせた時
自分はいったいどうなっているのだろう?と
ワクワクするようにもなりました。w


今でも、イラッとしたり
ムカッとしたり、する事はあります。
その感情が生まれる度に・・
あぁ~私はまだ、相手の幸せより
自分の快楽を優先しているんだ。
他人の幸せなんて、何も願えていないじゃないか!
と、自分を戒めています。


これ!やってみると
ホント愚かな自分に気づけるので
結構楽しいんです。^^)


そして、気付けば
すぐブチギレしていた私は
いなくなっていました。


ひょっとしたら、怒りや憎しみの感情は
自らの至らなさを教えてくれている
とても大切な感情なのかもしれません。


そう考えると、自らを蝕む感情でさえも
ありがたいモノですよね。