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修行バカの懺悔道

自分の過去の生き様に反省し、死ぬまで懺悔して生きようと心に決めたら、そこに幸せがあった。 なんだか懺悔しきれないのである。

物事には、必ず裏と表がある・・・やっぱ両方見ておいた方がいいかも。

修験道の修行で学んだ祝詞の中に
『陰陽交わりて万物を生ず悉く皆神性なり』
という言葉がある。
この世の中は、陰陽が交わり多くを生み出し
良いも悪いも全て、神々がしている事だ!
と言う内容の文だと私は、そう解釈をしています。

従って、物事の良い面悪い面の両方を見なければ
何も生み出されないのではないのか?

と、そんな疑問を抱くようになり
日ごろから、両面を見るように過ごしていると
確かにその通りだな~なんて思うようになってくる・・

我々のご先祖様である昔の人たちは、凄いですね。


インターネットの普及により
人々の生活は、凄く便利になりました。
ネット上で会った事のない人と
簡単につながる事が出来るようになり
様々な情報交換もできる。
色々な情報を手軽に入手する事が出来る。
半面、ネット詐欺、匿名でのイジメ誹謗中傷
ネットを利用した様々な犯罪も増えるようになった。

便利になればなるほど、それに伴う弊害が起きる・・
原発を作れば、放射能汚染の弊害があり
火力発電を増やせば、温暖化が進む・・

なんだかんだと様々な問題に対処しながら
我々の社会は進化発展してゆくものなんでしょう。

我々に都合の良い一面だけを見ていても
我々の社会が発展する事はないわけで
原発をなくして、火力発電を増やした所で
CO2の排出が増え続けるわけです。

常に、良い面、悪い面を見て行く必要があり
片面しか見ていないと、痛い目にあうのが
この世の仕組みというものなのでしょう。


人間と言う生き物を見ても同じ事が言えると思うのです。

どんな人も優れた一面もあれば
劣った一面もあり、補い合って生きている。
自分自身の心をいくら磨いても
醜い心を同時に持つのが人と言う生き物・・・

どんな人も、初めからそう創られており
その醜い部分を認め受け入れる事をしなければ
絶対に成長する事はない・・
己の醜い部分を見つけて、改善しても
更なる新しい憎さを見つけてしまう・・
そんな事を繰り返し、磨き続けて行くのが
神道で言う御霊磨き・・なのだとそう思っています。
神道では、人生は御霊磨きなのだそうです。



生きる目的を掲げ、そこに向かい
様々な壁を乗り越えて達成すると同時に
なんらかの闇を抱えるはずです。

そして、その闇を乗り越える為に
更なる努力をする事で、自らは更に成長できる。

また、その闇から逃げる事は出来ず
逃げれば逃げるほど、闇は大きくなる・・
自分が生み出したものなので
自分で解決するしかないのでしょうが
なかなか、そう思えないのも人というものでしょう。


昔、心理学を学んだ事があるのですが
どんな人にもシャドウという心の闇があるそうです。
そのシャドウを認め受け入れる事で
楽になり癒され、穏やかに過ごす事が出来るのだと
そんな事を学んだ記憶があります。

神道や仏教・修験道で言えば
人が持つ『陰』の心であり
その『陰』を無くすのでもなく正すのでもなく
意味を知り、学び、認め、受入れる事で
自身は成長できるというという事です。

従って、悪を排除するのではなく
悪が生まれる仕組みを知り、学び、改善する事で
どんな人も成長できる・・・
自分の心だけでなく、この世はそうやって
成長し続けているんでしょうね~

そんな事の繰り返しが
我々の社会であり、我々の人生と言う事でしょう。


そう考えると、自分に都合の良い事だけを
見聞きして、判断し、取り入れ、受入れ
自分に都合の悪いものを排除するだけの生き方は
なんとなく、もったいないような気もします。



ではでは・・・