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修行バカの懺悔道

自分の過去の生き様に反省し、死ぬまで懺悔して生きようと心に決めたら、そこに幸せがあった。 なんだか懺悔しきれないのである。

知る事に向けて、努力しなければ知らない事にも気づけない・・

長年一人、山で修行していると
年々自分の愚かさに気づかされるものです。(笑)

普段の生活の中では
自分自身を改善すべく出来事だらけなのに
それすら気づけず、過ごしてしまう・・

自分はなんと愚かだったのか!と
思う事が何度もあるのですが
『愚かだった!』と思っている時点で
自分は愚か者ではなくなったと思っている事になり
その思いすら『愚かだった!』事に気づかされ
自責の念に囚われる事になる。(笑)

謙虚さとは、こうやって生まれる感情なのでしょうね。


どんな人も、自分が興味を抱かない物事には
無関心でいるものです。
まぁ~それが人の性なのでしょうが
無関心を貫き通すと、ただのエゴの塊になるのですが
そんな事にも気づけないものです。

時に興味のない事にも意識を向けてみる事も必要なのかもしれません。

損得勘定のみの判断基準で過ごしていると
自分にメリットのない出来事には興味がなくなってしまいます。
そうやって生きて行くと
自分にメリットのある世界のみが
全ての世界だと勘違いしながら過ごしてしまうわけです。

ちっぽけな世界で生きている事に
気づけないまま過ごしているので
どうしても、不平不満や否定批判の感情が増えてしまいます。




この世の仕組みは上手く出来ていて
自分が抱く不定批判や不平不満の感情を突き詰めると
必ず自分に返ってくるようになっています。


否定批判や不平不満の感情を頂く出来事が多いと言う事は
それだけ、自分以外に貢献していない証であり
その為に自分を中心とした世界しか見えていないだけなのですが
今の自分が、多くを知らない無知な事に気づけなければ
そう思う事すらできないでしょう。


私自身、そんな仕組みに気づいてから
『知る事』に向けて努力するようになりました。
損得勘定で物事を判断する事をやめ
自分が損する事をし続けてみる事から始めました。
俗にいう偽善行為です。w

知る事により、ゆるせる出来事が増え続け
自分の無知さ加減にうんざりする事がしばしばあり
自分が見ていた世界がとても小さかった事にも気づけました。

今まで、何も知らないが為に
ムカつき、腹が立っていただけだった多くの出来事に対し
申し訳ない気持ちが込み上げて来たこともありました。

他人の価値観を共有するように努力する事は
初めは苦痛でしかなかったのですが
そのうち、その行為に喜びを感じるようにもなりました。

他人を理解すようと努力する事で
自分の至らなさに気づかされ
自分を知れば知るほど、ゆるす心が増え続け・・

今では、本当の自分を知る事ができれば
この世の全てをゆるせるようになり
素晴らしい世界で過ごす事が出来るようになると
そう思うようにもなりました。


この学び得た教訓は
知る事に向けて努力しない限り
何も知らない自分に気づけないままで
過ごす事になる
・・という事です。


目先の出来事に囚われて過ごしていると
誰だって苦しい日々がづつく事になり
そんな自分から抜け出すためには
まずは、自分が無知だと言う事を認める必要があるでしょう。
自分は何も間違っていない
自分は正しく過ごしてきた・・という思いは
誰しも、あくまで自分の思い込みに過ぎないわけです。
その思い込みから脱する為には
まずは『知る事』に対して努力する事が大切だと
そう思えてなりません。


私たちの常識は、この世の仕組みからすれば
本当にちっぽけな知識でしか、ないのでしょうが
そう思うだけで、毎日がワクワクしてきます。(笑)