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修行バカの懺悔道

自分の過去の生き様に反省し、死ぬまで懺悔して生きようと心に決めたら、そこに幸せがあった。 なんだか懺悔しきれないのである。

結果を求めるための言動には物語があり、それが人生そのものなのかもしれない

人間ルールと自然界のルール

ビジネスの世界において、結果が全て・・
という話をよく耳にするのですが、自然界は、結果ではなく『過程が全て』で未来を生み出しているような気がしています。どんな経験をして、何をどう学ぶか?が自分自身を成長させてくれるのではないだろうか・・もちろん、何らかの結果を求める事は大切な事であり、その動機がなければ、何事も成し得ないのですが、一番大切なのは、目標に向かう過程にある体験そのものであり、その過程によって未来が大きく変わるように感じています。


借金苦に陥っている人が、神仏にひたすら手を合わせ、寝る時間も惜しんで先祖供養をし、その結果1000万円の宝くじが当たったとします。また、同じように借金に苦しんでいる人が、今の現状をしっかりと受け止め、至らない己に気づき自己改善し、必死に働き努力して1000万円稼いだとします。同じ1000万円でもその価値観は大きく違うでしょう。前者と後者の未来は、どちらが素晴らしいものになるか?安易に想像できると思います。


私は、仕事でPOSシステムを開発販売しているのですが、よく税金対策で売上データを消せないか?と言われる事があります。
ようするに節税ではなく脱税したいという事なのでしょうが、色々な企業と取引している中で、そんな事を言う会社は、いずれダメになっています。利益を得た過程が未来を創っていると言う事だと私はそう感じています。

また、車をぶつけられ事故にあって『ラッキー!』なんて事を言う人がいます。痛くもないのに首が痛いと訴えて、病院に通う事で簡単に保険金を騙し取る事ができるからです。痛いか?痛くないか?は、本人にしかわからない事なので、絶対にバレない嘘をつく事ができるからそんな事をしてしまうのでしょう。私は、そんな事をして手にしたお金は、それ以上の金額のなって出てゆく未来が待っているのだと確信しています。

他人に騙されたり、理不尽な辛い出来事のほとんどは、自分の過去の経験が引き起こしているのですが、社会の秩序を保つために作られた、人間都合のルールが、それを見えなくしてしまっているので自分でもなかなか気づく事ができない。挙句の果て、どうしてこんなにも私は不幸なんだとさえ思ってしまう人も沢山いるわけです。大自然のルールは、我々人間社会のルールとは、無関係に働いていると言う事を私は多くの人に知ってもらいたいと、そう思ってしまいます。



生きる上で高い目標を掲げ、そこに向かって日々過ごして行く場合、何度も挫折を味わい、それら一つひとつを乗り越えるたびに、物語が生まれてゆきます。楽して手に入れようとした人にも、その人の人生そのものとなってゆく。どんな方法でも手に入ればいい~と考える人もいれば、手に入れ方までこだわる人もいる。同じ目標を達成したとしても、それぞれに違った未来が用意されるわけです。ズルをして富みを手に入れた人と、努力で富みを手に入れた人では、同じ富みを手に入れたとしても、その先の未来は、全く違ったものになってしまうのです。


自分の未来は、毎日いくて行く過程が創り出して行くのだと、私はそう確信しています。また高い目標を掲げ、諦めずにそこに向かう努力の中には、夢やロマンがあり、とても楽しいものだとも思います。例え目標を達成できなくとも、そこに向かう過程の中で幸せになれるのが、人という生き物なのではないだろうか。