修行バカの懺悔道

自分の過去の生き様に反省し、死ぬまで懺悔して生きようと心に決めたら、そこに幸せがあった。 なんだか懺悔しきれないのである。

人が不幸になるのは至って簡単な仕組み

『求めれば奪われる』という仕組みの中で
私たちは生活しているのだと
私はそう思っています。

とは言え、求めなければ生きて行けないのが
我々人間の性であり、求めるのを止める事は出来ない。

そう考えると、求めるにもバランスがあり
求め過ぎると、失う事になるのでは?
と、そんな気がしています。


私たち人間という生き物は
煩悩を植え付けられ、常に快楽を求めてしまいます。
これは、別にいけない事ではなく
人としての証のようなものでしょう。

ただ、求め続けると奪われるという仕組みの中で生活する事により
少しずつ快楽より大切なものを知る事になる。
それが、人生と言う仕組みのような気がしています。
必要以上に求めない事が大切なのでしょう。



人が不幸だと感じる時は多くを失った時であり
初めから手にしていなければ不幸だと思わないはずです。
食べるモノがろくになくなった時には不幸だと思いますが
生まれた時から粗末な食べものしかなければ
それが不幸だと思わないでしょう。

多くを失うと言う事は、多くを求め続けてきた証なのですが
そう思える人はなかなかいないものです。

誰かのせい、社会のせい、政治家のせい、先祖のせい・・と
自分以外の人のせいにして、どんどんと不幸になってしまう。

これは、快楽を求め続けるが為に
現実が見えなくなってしまう現象だと私はそう思っています。
自分の興味のあるモノしか知ろうとせず
自分に得のある事だけしか知ろうとしない為に
ちっぽけな世界でしか生きられなくなり
その世界は、自分中心にしか回っていないので
自分以外を悪としてしまうのです。



どんな人も生きる目的がなければ
ただひたすら、煩悩を満たすだけの為に
流されながら生きてしまうでしょう。

従って、生きる目的を見つけるだけで
幸せを掴む事が出来ます。

この生きる目的が、自らの快楽を満たす為では
大自然の法則上、苦悩しか手に入りませんが
この目的が、誰か何かの為であれば
求めずして多くを手に入れる事が出来ます。



とは言え、人間に植え付けられている煩悩が
自分以外を優先した生き方など
なかなかさせてはくれません。

長年、相談ボランティアをしていると
ただただ自分の苦しい現実の改善策を相談されるだけで
自らは何一つ改善しようとしない人が多くいます。
与えれば手に入るという簡単な仕組みが
この世の中に存在しているのに
何もせずにただ求めてしまうのです。

苦しく辛い現実が何度も繰り返されると
私の所に何度も相談に来る人がいるのですが
何も与えようとはしないのです。

そして『何を与えたらいいのか解らない』と
みなさん同じ事を言います。

そして私は
『解らないのであれば、早起きして公道のゴミ拾いでもしたら?』
『何かボランティアでも参加したら?』
と、繰り返し同じ事を言うわけです。w

ようするに、自分が今だに求め続けている事に
気付けないわけです。


私は、どんな人も与える喜びを知らない限り
不幸な人生を送る事になるとそう思っています。
これだけ豊かな社会になれば、それなりに人生を横臥する
瞬間はあるでしょうが、死ぬまで快楽で
満たされ続ける事はできないはずです。


与える喜びを知る為には
与えなければならない環境に陥るか
煩悩に逆らった行動をするか
くらいでしょうね。

多くは、絶望を体験し
周りに助けられ、恩返ししなければと
そう思う事で与えようとします。
損得に関係なく自分を助けてくれた人に
心を打たれる経験をするわけです。


要するに辛く苦しい現実が
自分自身の価値観を変えゆきます。
損得で物事を考えず
与える喜びを知る機会を与えられるのです。

機会を与えられても気づけなければ
更なる苦悩が待っていますけどね~



辛く苦しい現実を避けたいのであれば
煩悩に逆らって生きるのも一つの方法だと思います。
与える喜びを知る事で
周りに与える事を求めるようになりますし
同じ求める行為でも、結果は全く違うものになります。

また、与える為には自分以外を知る必要があり
自分の興味のあるモノ以外を知る事で
生きる世界も広がります。

善意の押し付けでは、何も与えられていないので
どうしても、自分以外を深く知る必要があるのです。

その行為を続ける事で
目前の現実は、全て自分を成長させる為にある事を
知る事が出来るはずです。


与える事で得られるモノの大きさを知る事で
その行為の素晴らしさを知る事が出来ますし
それが、理解できれば、幸せを手に入れた事になるでしょう。


この世の仕組みとは、本当に素晴らしいですね。
我々は、この素晴らしい世界で生かされている事に
心から感謝すべきだと私はそう感じています。^^)