修行バカの懺悔道

自分の過去の生き様に反省し、死ぬまで懺悔して生きようと心に決めたら、そこに幸せがあった。 なんだか懺悔しきれないのである。

憑依体質(霊媒体質)を改善する

浮遊している霊体と同調したり
他人と同調したりして、苦しくなる方もいらっしゃると思います。

私自身も、過度の憑依現象に子供の頃から悩まされてきました。
身体を乗っ取られ、自分の意思での言動を拒絶されたり
高熱にうなされたり、吐血や嘔吐したりと
そんな事が繰り返され、病院では原因がわからないと言われ
その為、学校では仮病扱いされてしまうのです。
次第に、不登校になりました。

何とかこの状態から開放されたいと、寺をまわりましたが
拒否されてしまうので、新興宗教団体を転々としました。
そこでも、解決にはならず
霊能者と呼ばれる方々のお世話にもなり
普通しないような、激しい修行を何年もしてきました。

修行する事によって、自分の体内に入り込む輩を
自分の力で出す事は出来るようになったのですが
次第に大きな力で支配されるようになり
その度に激しく修行し、それらを排除する・・という行為を
繰り返すようになりました。
気づけば、普通とは言えないほどの身体になっており
自分は何をやっているのか?と・・しばしば疑問に思ったものです。

憑依するという現象をなくすためには
常に油断せず、剣士のように気を張り巡らせる必要があり
結局、憑依体質が改善されたのではないんだ・・と
自分が愚かな事を繰り返してきた事に気づきました。

そのうち霊能者の方々の下で修行する事に疑問を抱くようになり
一人、山で修行するようになったのです。

大自然を自分の師として崇め祭り、激しく修行する事で
自然現象そのものがすべての人に多くを語っている事を学びました。

憑依現象その物が、私自身に対するメッセージだったのです。

霊力を持つ者は、その力で多くの人に尽力するという役目を担っている
『お役目を背負って生まれてきているんだ』と
私は、そう言われ続けて来ましたが、そんな考え方をしているから
いつまで経っても、憑依現象につきまとわれていたのです。
全く持って、愚かで未熟すぎる自分自身に落胆した事を記憶しています。

言の葉で『世のため人のために尽くしなさい』と言われるのは
私自身、世のため人のために尽くすという言動が全くないからでした。
よくよく自己の言動を振り返れば
自分のこの体質を改善したいと、その事ばかりでしたし
それを理由に、周りの人迷惑をかけている事すら見ない振りをしてきました。
世のため人のために尽くすには、自分の体質を改善しない限りできないと
他に尽くす努力もせず自分都合の理由を掲げ、そう決め付けてきたのです。
『だって、出来ないんだから仕方ないでしょ・・』と・・
ホント甘い考えをしていた自分に思い知らされました。

よくよく考えれば、常日頃から世のため人のために尽くしている人に
そんな言の葉が聞こえるわけもないのです。
そんな言葉を告げる必要もないですからね~

また、霊力は悪態をつきまくって過ごしていれば、どんな人でも身につく力であり
怒りや憎しみ、苛立ちや、悲しみなど負の感情を生み出し続けていれば
誰でも霊能者になれる事に気づきました。
ようするに現代社会で、霊能力など必要なく、ただの戒めだったのです。
そんな力で、世のため人のために尽くす事など出来ないのが
この世の仕組みであり、私たちが生きている世界だと言う事も学びました。

憑依体質、霊媒体質は、その延長線上にあり
他人を理解する心の欠如が原因でした。
他人を思いやる事をせず、自己の正義を
振りかざし続けていた結果だったのです。


その事に気づいた私は、出来る限り他人を理解しようと努力しました。
腹の立つ出来事があれば、自分を振り返り、自分は何にムカついているのか?
また、どうなれば腹が立たないのか?
そして、腹立つ相手は、どうしてそんな事を言うのか?するのか?
深く観察し、深く理解しようと努めました。


また、憑依現象が起きた瞬間から過去にさかのぼり
自分の言動を振り返るようにしました。
始めのうちは、至らない自分がありすぎてよくわかりませんでしたが
次第に、憑依の原因となる、自分自身が生み出している負の感情を
見つけられるようになりました。

気づけば、その度に反省し、成長している自分に気づき
憑依現象そのものが、ありがたいものだと思うようになったのです。

私の場合、自分に都合のよいモノ
また自分が関心のあるモノだけを理解しようとしてきたので
とても狭い世界で生きていたのだと知りました。

他人に事などお構いなく
自分の事ばかりで、過ごしてきたので
ちっぽけな世界しか見えていないのに
それが、この世の全てだと勘違いしていたのです。

また、霊感が強すぎて、他人より広い世界を見て感じているんだと
大きな勘違いをしているから始末が悪いわけです。

しかし、嫌な事がある度に我を振り返り、相手を理解しようと努める事で
他人を理解しようとする事でしか至らない己を知ることは出来ず
ゆるす事を学ぶ為に、ゆるせない出来事が起きている事も
学ばせていたいただきました。

わが国日本も、アメリカに原爆を落とされても
アメリカをゆるした事で、発展する事ができたはずです。


これらの事実に気づけたおかげで
今では、憑依される事など全くありません。
俗に言う、心霊スポットで丑三つ時に瞑想しても大丈夫です。

私は、ここ15年以上カゼをひいたことすらありません。
頭痛、腹痛などに悩まされたこともありません。
毎日、爽快な目覚めで朝を迎える事が出来ます。
『病は気から、気は心から』という事を体験させていただいています。



これらは、あくまでも私の体験談なので
全ての人が当てはまっているとは限りませんが
今、憑依体質に悩んでいるのであれば
相手を理解する心の欠如だと、自分を戒めてみるのもいいと思います。
そして、それは『悪』ではなく、自己の成長の過程だと位置づけてください。

この大自然の中で『悪』を生み出すのは私たち人間だけであり
そして、私たちに都合の悪いものが『悪』のはずです。

私たちが、自然の中に立っているだけで癒されるのは
どんな人であれ大自然が、私たちを受け入れてくれているからでしょう。
そこに『悪』は存在していないからなのだと私はそう感じています。

そして、私たち人間は自然の一部であり
大自然の循環を理解し身につけることが出来れば
どんな人も苦悩から解放されるでしょう。

感謝しながら日々を過ごす事・・・
たったこれだけの事でどんな人も幸せになれるのだと
私は、そう確信しています。