修行バカの懺悔道

自分の過去の生き様に反省し、死ぬまで懺悔して生きようと心に決めたら、そこに幸せがあった。 なんだか懺悔しきれないのである。

精神を病んでいる方との接し方

現代社会において
10人に1人が精神病だと言われておりますが
この先、まだまだ増えるでしょう~ね~
なんとなくそんな気がしております。


私は、普段から精神病患者と言われる方々と接する事が多いので
精神を患う仕組みが、なんとなく解ります。
まぁ~解るだけで、たいした事はできないんですけどね~(^^;)

病を克服するのは、本人次第ですしね~
ただ、寄り添う事くらいは誰にでもできると思っています。


私の所に相談に来る方々の多くは
家族の方と一緒にいらっしゃいます。
どちらかと言うと家族の方々がほとほと困り果てているわけです。
どうすれば良いのか?わからなくなり相談にみえるのですが
私が、毎度毎度話をする内容を
少しばかり記しておこうと思います。










まず、精神病は、大量の負のエネルギーに
心身が蝕まれている状態だと思っています。
何をもって病気とするか?という所になりますが
個人的には病気ではないと解釈をしています。

自身が生み出す負の感情がなくなれば
誰でも改善して行きますし
実際に改善された方も多くいらっしゃいます。


では、なぜ?負のエネルギーを生み出してしまうのか?
これには、色々な起因があるのですが
自分以外を理解しようとしない為でしょう。
出来事から学ぶ事をせず、ただただ排除してきた結果であり
出来事に対しての『理解不足』に尽きると思っています。


ただ、ひたすら求め続けても
失うばかりと言うのが、この世の仕組みなので
求めてばかりいると、思い通りにならない現実がばかりになり
気付けば、怒りや不平不満がばかりが生まれてします。

この怒りや不平不満が負のエネルギーなので
生み出し続ければ、心身が蝕まれ
自分自身を見失ってしまうわけです。


他に尽くし、常に感謝する事が出来れば
改善できるのですが
そのそも、求めても手に入らない現実に対して
感謝など出来るわけがないのです。
根本に強く求める心がある為に
他に尽くすなどという発想も生まれないでしょう。


とは言え、そこを改善しない限り
なんともならないのが精神病だと思っています。






ならば、どうすれば良いのか???





精神を病んでいる人は
他人の負のエネルギーにとても敏感です。
無意識に他人の気持ちを逆なでる言動をしているので
関わりたくないと思うのが正常な人の思考です。
家族さえ、関わりたくないと思わせてしまうほどです。

なので、本人はとても孤独なのです。
『誰も自分を理解してくれない。』
『自分は、何も悪い事などしていないのに・・』
などと、常々思っている方が多いはずです。
他人を理解しようとしてこなかったので当然の結果なのですが
自分が見えなくなっているので
それすら気づかないわけです。


また、求めるだけでは失い続けるこの世界で
常日頃からただただ求めているので
怒りや、不平不満が多くなり
その負のエネルギーを吐き出す場所を無意識に探しています。
意識できない事なので、本人は全く気づけませんが
常に不平不満をぶつける対象が必要なのです。

常に怒りをぶつけるターゲットを探してしまうわけです。


自分の思い通りにならない事に対して
自分を正しい場所に置き、誰か何かを
常に否定批判しなければならなくなります。

この行為は、自分を認め受け入れて欲しいという
求める心にも同調しているので
同時に自分の正しさを証明する一方通行の価値観を
周りに押し付け、負の悪循環を大きくしてしまいます。



まぁ~往々にして
怒りや否定批判など、そんなモノなんですけどね~
嫌な出来事でも、それらを理解し学ぶ事が出来れば
誰でも受け入れ、成長に出来るのですが
嫌な出来事を深く考えず拒絶するのも人の性でしょう。


ただ、求め続けると誰でもその悪循環にはまります。
常々誰か何かを否定批判していないといられない状態が続くと
自分が生み出し続けた負のエネルギーに
心身が蝕まれてしまうわけです。


心身が蝕まれてしまうと
正常なコミニュケーションが取れなくなります。

常に自分は正しく
間違っているのは自分以外なので
過ちを指摘すると逆切れされるでしょう。
そもそも、過ちを受け入れる事が出来ないが為に
病んでいるわけですしね。






なので
①まずはその状態を理解してあげる事が大切だと思います。


そもそも、自分が精神を病んでいる方と縁があると言う事は
自分自身も『他人を理解する』という行為が欠如しているからなので
良い機会だと考えるといいんじゃないですかね~

私なんかは、長年相談ボランティアをしているので
欠如どころじゃなく喪失していたんだと思ってます。w
お陰様で、常々至らぬ己を発見させて頂いているのですが
自分はこんなにもダメダメだったのか~と思いながらも
それはそれとして、成長できる事が楽しかったりもします。w


私は精神を患っている方々は
神々を憑依している状態だと思っているので
そもそも、人間ルールの正しい事、間違った事など通用しないと思っています。
なので、まずは相手を理解する事です。
理解した上で、自分が何をできるか?を考えるわけです。



精神を患った起因や症状は様々なのですが
基本的に強く求めてしまうが為に起きる現象だと思っています。
ただし、求め続ければ、失い続けるのがこの世の仕組みですからね~

従って、理解してあげる事ができたなら
次にする事は
②認めてあげて、与えてあげて、強く求める行為を和らげてあげる事です。

そもそも、精神を患ってしまうと
人の気持ちを逆なでする言動をする事が多いので
何を、どう認めれば良いのか?どう受け入れれば良いのか?と
そう思ってしまうでしょう。
なので、自分に出来る事は何があるのか?
という視点で深く深く考えてみる必要があります。

自分が同じ状態なら何をしてもらえると嬉しいのか?考えてみるのです。
何をしても他人から否定され
自分の過ちを受け入れることが出来ず、常に周りから拒絶され続けたなら・・
自分なら、どうして欲しいだろうか?と、考え行動に移す必要があります。

それらを言動に移す為に必要な事が『相手を理解する事』なので
よくよく言動を観察し、深く理解してあげる事です。
暴言を吐かれたりする時は、自分の負の感情に反応していると理解できるはずです。


人間ルールの正しさをぶつけると更に壊れてしまう事が多いので要注意です。
出来事は常に自業自得なのですが、それでも手を差し伸べる事をしなければ
負の循環から抜け出す事ができないでしょう。
そもそも、すでに正常な精神状態ではないわけなので
コミュニケーションが取れないのです。
自分と同じ視点で相手を見ていても、何一つ気づく事はできないはずです。

上辺だけで与える行為をした所で逆効果ですしね~
そもそも相手は神様なので、自分自身を成長させる為の
きっかけを与えられていると、そう考えると良いはずです。

一番大切なのは、自分が病んでいる方の幸せを深く願えるか?
と言う点であり、病気を治す=相手を変える事ではないのです。
何度も言いますが、相手は神様なんで
相手に与え尽くす行為を学ばされていると思ってください。
自分自身が変われば、相手も自然に変わる事を証明してくれるはずです。


考え方のポイントは、人間ルールに囚われず慈愛の精神を学ぶ事なので
我々に都合の良い善悪の判断はなくし
快楽と幸せは、別物だと言う事を念頭に置く事でしょう。


これがなかなか難しいのですが・・^^;)

でも、自分自身が学ぶべき必要のある出来事だと考えて
何を認め、何を与えられるのか、しっかりと考えて行動してみてください。

自分自身の価値観が少しでも変わる事が出来れば
きっと、自身の現実も同時に改善するはずです。



あとは
③寄り添う事です。

そもそも、精神を患っている方は
関わり合いたくないと思うような言動が多いので
ついつい避けてしまいますが
本人にとっては、常に自分が正しいので
自分を避ける相手は、『悪』としてしています。
『やっぱりお前もか!』という感じです・・・・

なので、常に寄り添う立ち位置でいる事を続ける事で
そのうち、心を開いてくれるはずです。
状態によっては、かなり時間がかかりますけどね~


私も、人間なので
面倒だなぁ~とか
マジ疲れるなぁ~なんて思う事もありますがw
でも、ああ~この気持ちは、相手の幸せを願っていない証だ!と
自分を戒めています。


そうする事で、自分自身の至らなさを実感し
また、同時に成長していく過程に対し、幸せを感じたりしています。^^)